タイ王国クラビ県ランタ島顛末書
2月8日 | タイ航空TG461便新東京国際空港10:45発バンコク経由チェンマイ行き バンコク到着15:45 タイ航空TG279便18:50発クラビ行き クラビ空港20:10着 クラビ空港からミニバンで60分バンホアヒン港21:10着 バンホアヒン港21:20発スピードボート サラダン到着22:00 サラダン発ミニバンで20分 スリランタ到着22:20 |
スリランタ泊 |
2月9日 | 島めぐり時々ビール | スリランタ泊 |
2月10日 | 島めぐり時々ビールのちにマッサージ | スリランタ泊 |
2月11日 | 島めぐり時々ビールのちにマッサージ | スリランタ泊 |
2月12日 | 島めぐりのちにお別れの挨拶 スリランタ18:30出発・・クラビ空港20:30着 タイ航空TG280便21:20バンコク行き |
機中泊 |
2月13日 | タイ航空TG642便バンコク00:40発新東京国際空港行き 成田空港8:30到着 |
2007年2月8日(木)〜13日(火)
利用ツアー会社: A&A
成田ビューホテルに宿泊すのは初めてである、あらかじめネットで予約しておいた、1泊6600円この金額でこのグレードは結構安い方なのか、それはさておき、ただのトランジットで宿泊するにはけっこういいホテルだった。
ロビーには甲高い声が響く、そう彼らは台湾からディズニーランドに遊びに来たようだ、よほど楽しかったのかお土産袋いっぱいもってはしゃいでいた
ホテルは7時55分に出た、成田空港南ウイングは午前便の乗客でいっぱいだった、タイ航空のカウンターも長蛇の列やはり連休を利用して南国に行く人が多いのだろう
チェックインを済ませ時間があったので初めて見る南ウイングを散策した、しかしこれといって目新しいものはなかったので北ウイングに行ってみた。
ん〜懐かしい!もう12年も前にロンドン行きで何回か利用したことがある、しかし独立カウンターやイミグレに向かうエスカレーターはもうなくなっていた、ドラマのロケでよく使われていて、自分が乗るときは俳優になった気分になったものだ、滑走路に面したガラス張りのところは待合席になっていて離着陸する飛行機を眺めていたのだが、今ではセキュリティーチェックが作られなんともそっけないターミナルになってしまったようだ。
出発1時間前見るものもないので出発ゲートに向かった、ゲート近くの売店でミネラルウォーターと茎ワカメを購入する。
ゲートは31、待合所にはすでに山のような人だかりが出来ていた、しかしよーく見てみると、胸にツアー会社のワッペンを付けたオヤジが目に付く、なんか今回はオヤジ集団に囲まれてしまうのか、いやな予感がしていた。
スリランカ航空の時は「ラブラブカップルと怪しいスリランカ人」エアパシフィックの時は「クソガキがヤカマシイ家族連れ」そして今回はもっとも恐れていた「メタボなポマードオヤジ集団」になってしまったようだ。
私の今までの経験で最強だったのはスイスエアーでチューリッヒに向かう時でした、周りが皆さんおばちゃんで「真夜中買い物袋カサカサ集団」あの音ははっきりいって騒音、一睡もできませんでした。
10時20分ごろに搭乗開始、私は先ほどのオヤジ集団を尻目にさっさと機内に向かいました
入り口ではCAが「サワディ・カー」とあいさつしてくれます、いつものことですがこの瞬間がとても大好きです。
「あータイに行くんだなー」これから会う様々な人や出来事の始まりなんだなーと心が高揚してきます、座席は67K機体右側の窓側です、最後尾のほうなので「ここまではあのオヤジ集団も来れまい」と座席に付きながら窓の外の荷物の積み込みを見ていました。
出発10分前、乗客もほとんど乗ったように見えたが前は満席なのに私の周りはまばらだし、真ん中の席がだれもいません、「これは余裕でバンコクまでいけるなー」と思った矢先、前方からオヤジ集団がズンガズンガとやってきました、やられたー、バタッ!
まさかカウンターのおねえさんオレのことオヤジだと思い、「あんたも仲間にしてやるけんね」とよけいなことしたのか?これから飛行機に乗るときは、シートリクエストはしないで「ガキとオバサンとオヤジから遠い席」でお願いすることにします。
10時45分定刻TG461便は、オヤジどもとオレを乗せて成田を離陸したのであったー・・・・つづく
メタボリックな予感
第一話
第二話
のはずが、添乗員?何処?おかしい添乗員の姿が見えない、オイオイこのままではオヤジどものやりたい放題小学生の修学旅行よりたちが悪いよ、誘導路走ってるのにうろうろして、「お客様、座席に座ってください」CAが注意しているのにもかかわらずバッグから何か取り出そうとしている、何?、何〜?「宝っ子」!そんなの今でなくてもいいだろーっ!
やっと滑走路に入り離陸となるとさすがのオヤジも緊張しているのか静まり返った、「あーこの方たちとあと7時間もご一緒しなくてはいけないのか」そんな憂鬱なこと考えていたら、機体はみるみる加速し大空に飛び上がって行ったのだー。
機体は高度を上げやがて海へ、伊豆諸島あたりで最初の機内サービスがあり、早速シンハービールを注文、雲の上に富士山が綺麗に見えました、眼下には伊豆大島がくっきり、やがて機内食が運ばれタイカレーを注文、カレーは美味しいのだがやはり機内食の限界を感じるものだった、食事も終わろうとした時シートベルト着用サインが、まだ機内は揺れていませんが今までの経験ではかなり揺れていたのでベルトをしっかり締めて、飲み物は空にして備えていました。
数分後予想してたように大揺れジェットコースター並み、と、その時歴史が動いた、周りのオヤジたちはすっかり宴会モード、油断していたためにビールはひっくり返るしズボンはびしょびしょ、あーあ花見の帰りじゃあるまいし、やっちゃったー。
日本の領海あたりを過ぎると機内のシェードが閉められます、ここからはお昼寝タイム、椅子を倒してしばしうとうとしていました、座席にはモニターはないのでヘッドホンでタイポップス聴きながらめくるめくこれからの旅のこと想像してたりしました、ふとシェードを開けるとちょうどベトナムのダナン上空、モルに行くときも必ず通っていたので、一目で解りました、あと3時間で到着、先ほどまで騒いでいたオヤジたちも爆睡、その代わり鼾が爆音になっていて、その様子見ていたらカワイイ小学生のようにも見えてきました。
ふと突然機内の照明が点きました、CAがおしぼりを配っていました、軽食が配られ、空に浮かぶ明らかに日本の雲とは違う水分の多そうな雲を見ていよいよ東南アジアに来たのを実感しました。
着陸30分前、高度を下げ始めいよいよ空港が近づいてきました、私はふとランディングカードをもらうのを思い出し、CAさんを呼びましたそして英語で「クラビで入国したいのですが今ランディングカードいただけますか?」と話したら、となりに座っていたオヤジが私のことを凝視するではありませんか、きっと「この男ただものではないな」ひょっとするとタイ人?「シンジケートかなー」なんてな目で私のこと見ていました、ランディングカードは結局クラビ行きの機内で書きました。
眼下にはタイの広大な農地が、やがて着陸態勢に入り定刻どおり、バンコクスワンナプーム国際空港に到着しました。
密室の出来事
スワンナプーム空港は成田の3倍の面積があり、とても広い空港です、滑走路および誘導路の間には排水のための水路が設置されています、これだけの面積だとちょっとした町がすっぽり収まりそうです。
途中多くの航空機が誘導路近くに駐機してあり、航空ショーのようでした、間もなく機体はコンコースCに到着、7時間のフライトも終了しました、これでオヤジたちともお別れ、荷物を手に機内から出ようとしたときふととなりのオヤジのバッグのネームタブが目に入りました、「山○県東○市・・・○○建設・・・」え?隣県の方?
クラビ行きの出発までまだ3時間余り、まずは換金をしようと思い両替所へ、しかしさっきのオヤジたちが両替所を占拠していたので3階へ行って3万円換金、このあとショップで飲み物を購入して一休みしていました。
新空港はどんなものか歩いてみることにしました、でも東西に伸びるコンコースDは1000mもあるので、イミグレあたりでUターン、あまり長いので、電機自動車が走っています
でも広さの割りに休憩場所やスナックスタンドがほとんどありません、各コンコースが交わる交差点に何件かの免税店やお土産物店がある程度です、到着ロビーも飽きてしまったので、国内線コンコースへ向かいました。
国際線から国内線に向かう時は、必ずCIQゲートを通らなくてはなりません、ここでクラビ行きのボーディングカードを提示して胸にシールが貼られます、このゲートを通ると元に戻ることは出来ません。
コンコースBを進むと国内線クラビ・プケ方面のゲートになります、コンコースの突き当りがB6ゲートちょうど出発時間だったので日本人の人だかりが出来ていました、各ゲートに入るにはセキュリティーがあるので入れません。
元のコンコース交差点に戻ってショップなど眺めていました、小さな売店があったので入ってみたら、タイのスナックや飲み物が置いてありしかも安い、ここでドライマンゴーとバナナチップス(ポテトチップスのバナナバージョン)缶ジュース(中身は不明タイ語のため)購入。
歩くのも疲れたので、クラビ行きB2ゲートに入りました、ここでバナナチップス食べながら時間を潰していました。
出発時間が迫り乗客も集合してきましたが、ほとんど欧米人、日本人は多分一組だったと思います、あとで気付いたことなんですが、日本からのツアーは、プケからクラビに向かうようでクラビ空港を利用するのは少ないそうです。
19時20分発TG279便定刻で出発です、機体は737型機入り口では再び「サワディー・カー」で迎えられ座席に着きました、クラビまで1時間20分のフライトです、途中軽食(オカラのコロッケのようなもの)が配られます、機内は70%くらいで私の隣にはだれも座りませんでした(欧米オヤジを期待)飛び立つとあっという間にクラビです、窓の下にはオレンジ色の町並みが広がっていました。
クラビ空港に到着してここで入国です、建物に入ると係員が待ち構えていて「あんたはあっちじゃけんね」と胸にシールを貼っている人を誘導していました、私もそれに従いイミグレへ、2箇所ありましたがここで入国する人は少なく数分で入国することが出来ました、続いて預け荷物(スーツケース)を取りにターンテーブルへ、しかし待てど暮らせど出てこない、ましてやターンテーブルも動かない、なんで?
やがて係員が「国内線のターンテーブルに回って下さいとアナウンス」、・・・?税関はいいの?・・・?
手ぶらで税関に向かいパスポート見せても見向きもしないのでそのまま外に出ました、国内線のターンテーブルはすぐとなり、自分のバッグを引きずって空港から出ました。
しかし、「税関通らないで入国したのは初めてだなー、ま、いいか、ここはタイ、タイなんです」
空港の建物の中には旅行者以外は立ち入ることが出来ないので、外で出迎えの人が待っています
「スリランタはどの人かなー?と手に持っているボードを探していたら、けっこうイケメンでトキオの国文太一風の方が待っていてくれました、さっそく名前を言うとニコニコしながら話しかけてくれました、「他にはゲストいないんですか?」「今日はあなただけです」けっこう大きなミニバンに私一人をのせ空港を後にしました。
車の中でスリランタまでのコースの説明がありました、「車で1時間、船で20分そして車で20分かかります」「うわーやっぱり遠いなー」
空港から出て最初の町に差し掛かりました、唯一の信号で停止したと思ったら、赤信号のまま通過「エッ!タイの赤信号は日本で言う(止まれ)なのか?まっ、いいか、ここはタイ、タイなんです」
空港近くの町はけっこう賑やかで道路沿いには「屋台」が軒を連ねていました、バイクに2人乗り3人乗りしながら走っています、「しかしスピードだすなー」ふとメーターを見てみたら120K/h、どうやらタイではハイウエイと一般道が同じようです、交通標識もろくにないので、すべて自己責任で走っているのでしょう。
町を通り過ぎ日本で言う県道のようなところに右折、まわりはゴムの木林、すれ違う車も少なくなりました、街路灯もないのでとても寂しい道です、30分くらい走りさらに右折、今度は町道のようなところに入りました、あたりは真っ暗「オイオイどこに連れていくんだよー」10分くらいで1軒屋に到着しました、「ここで船に乗ります」と太一君が私に言いました「船?どこ?」真っ暗でなにも見えません。
太一君に先導され桟橋らしきところに到着しましたが「ギョエー!」案内では「スリランタ専用ジェッティでスピードボートに乗り換え・・・」と書いてありましたが、専用かもしれないけどこれって「矢切の渡し?」漁船の隣に屋根つきのモータボートが待っていました、ボートでは若いあんちゃんが二人待っていました、そこで私の身柄が引き渡され、暗闇のマンググローブの入り江を静かに出て行きました。
どこに連れて行かれるんだー、「オイオイ灯りは無いのかよー」、真っ暗な海をひたすら突っ走りましたー、時々もう一人のあんちゃんがしょぼい懐中電灯で海を照らしていました、網に引っかからないよう見ているようでした。
やがて広い海が見えてきました、真っ暗なので星がとても綺麗、天の川や降り注ぐような星屑を見たのは久しぶりでした、遠くに町灯りが見えてきたのであれは何処か聞いたら「サラダン、あそこに行きます」と答えました。
と、その瞬間「どーーーーん!」船は大波を被って急停止、水もしたたるいい男状態、あんちゃんたちと顔を合わせ苦笑い、沖に出て高波を被ってしまったようだ、しばらくは荒波に揉まれる木の葉のようにゆっくり走って行きました、そんなこんなでサラダンに着いたのは10分遅れでなんとか到着しました。
こんな夜中に申し訳ないような気持ちになったので、あんちゃんたちにチップを渡しました。
ここでまた別の男に身柄を引き渡されバンに乗り込みました、あともう少しでスリランタです。
サラダンの町はイメージしていたよりずっと明るくて賑やか、屋台を囲んでいる欧米人やバイクタクシーが行ったり来たりしていました、サラダンを過ぎると建物も少なくなりたまに欧米人がバイクで走っているのを見かける程度です、メインロードから小道に入り海が見えてきました、村を通り過ぎたところにスリランタはありました。
「あーやっと到着」やっと身柄を開放されレセプションに向かいました。
レセプションは開放的で、真ん中に椅子と机が置いてあります、そこで宿帳に記入し簡単な説明を受けます(食事時間とか)レストランで食事取りますか?と聞かれましたが、もう早くシャワー浴びてビール飲みたかったので部屋に案内してもらいました。
コテージは道路を挟んだ山側に建ててあります、坂道をしばらく登った中腹あたりのコテージに案内されました。
部屋に入ってやっと写真で見た憧れのスリランタに到着した実感が湧いてきました、荷物をほどき、早速シャワーを浴びて無事到着を祝い祝杯をあげました・・・・・・ つづく
第三話
身柄拘束!?
第四話
AKIRAとの出会い
第五話
オールドタウンでガソリンを給油しようと思い探したがスタンドがないので聞いてみたら雑貨屋にあるとのことなので行ってみた、すると店の棚にペットボトルに入ったガソリンが並べてありました、うっかりするとジュースと間違えそうです。
午後からはサラダンに向け東海岸を走ることにしました、事前に調べていた情報ではまだ舗装はしていないとのことでしたが、立派なコンクリート舗装になっていました。
幹線道路から外れてサラダンに向かう道沿いには家が点々とありました、どこもタイの田舎そのものです、住宅はほとんどが高床式で敷地にはバナナやマンゴーの木が植えてあります、ほとんど車やバイクは走っていないのでとてものどかな景色です。
数キロ走ったところにちょっとした集落がありました、津波で壊れたままの家や、新築中の家があり今復興しているんだなと思ったりもしていました。
木陰で一休みしていると遠くからバイクが走ってきました。
「あらら!小学生がバイクに乗ってはいけません!」でもここはタイ、タイなんです。
小学生が3人乗りしてバイクで走ってきたのを見て、一瞬開いた口が塞がりませんでした。
そして何キロか走っていくとそこには小学校がありました、きっと「バイク通学?」してるんでしょうね、そんな1コマに、ふと癒されたようなそんなゆったりした気分になれました、本当にのんびりしているんですねー。
左側はジャングル、右手にはマングローブ、そして道路沿いにはゴムの木農園がどこまでも続いていきます、時折道路を大きなトカゲが横切るのを見ながらしばしのクルージングでした。「サバーイ!」
そんなこんなでサラダンに着いたのは4時ごろ、サラダンには、土産物屋、銀行、スーパー、コンビニ、ダイビングショップ、ツアー会社がたくさんあり、多くの欧米人がウロウロしていました。
お目当ての屋台は数件しかなくちょっと眺める程度で走り去りました、南へ向かう道路沿いには、大小さまざまなホテルやバンガローの看板があります
所々にビーチへ抜ける標識と道路があるのですがうっかりすると通り抜けてしましそうなくらいショボイものです。
島の西側は観光地なので出店や怪しいバーなどがたくさんあります、きっと昨夜見た欧米人のバイクはこういうところで飲んだ帰りなんでしょーねー。
スリランタに戻ってきたのは午後6時ごろ、そろそろ今回のメインである「アンダマン海に沈む夕日」タイムがやってきます。
コテージ「彬庵」に戻り「浦霞」を早速開けました、お〜甘露甘露♪
夕映えにしっとりしてきた木々の葉に包まれての一杯、またまた至福の時間を手に入れました。
あまり酔いが回らないうちに夕日を見に行くことに、坂道を降りてビーチへ、ん〜まだ早いなー
「そーだ、PCがあったのでちょっといじって見るか」とPCに向かいました、「あらら!キーボードがタイ語になってるし、しかも配列が全然違う!」。。ここはタイ、タイなんです。
悪戦苦闘の末、なんとか日本の検索へたどり着き、hirotomoさんのサイトを開きました、掲示板を含めバグることなく表示されて一安心、掲示板に書き込もうとローマ字で入力するのですが、キーボードの配列が違うので、パソコン初心者状態でなんとか送信することが出来ました。。ヤレヤレ。
太陽もようやく水平線に近くなり、焼け始めてきました、海も日中より穏やかになってきてキラキラ輝いています。
だんだんゲストも集まり始まり、それぞれ「lovelove」モード突入態勢です
太陽が水平線に差し掛かると、だんだん大きくなりはっきり輪郭が見えてきます、「おーなんて神々しい夕日なんだー、やっぱり素晴らしい」
太陽がすっかり沈んだあと今度は空が赤く染まってきました。
今まで見たことないような色です、素晴らしいー
そんなこんなで写真を撮るのもすっかり忘れてしまい、しばし見とれていましたー
それと「周りのloveloveゲストの様子もすっかり拝見させていただきました」ご馳走様!
「彬庵」に戻りシャワーを浴びて今度は「ディナータイム」
スリランタのレストランは木造で小上がりがあり古民家風。
スタッフはほとんどが20代。
雰囲気は日本の「和民・櫓茶屋」風で、若いあんちゃんがてきぱきと働いています。
大きな柱近くの小上がりに陣取って、まずはシンハーを注文
メニューは大きなボードにすべて書かれています、タイ語英語のみです
ところがこのメニュー、素直にトムヤムクン⇒tom yum kunと表示すればいいのに、「スパイシーシュリンプスープ・・・なったらかんたら」と書いてあるので「何のこっちゃ?」状態になりました
そこでメニューは見ないで、「トムヤムクンとヤムウンセンとパイナップルカーオパッお願いします」
1品ずつ出しますか?一緒にだしますか?と言われたので1品ずつ出してもらうことにしました。
待つこと5分ほどでヤムウンセンが出てきました、これは日本でも何回か食べたことがあるので、期待して注文した1品です、さっそく一口、、、「アローイ!」 美味しい、なんでこんなに美味しいのー、これはこれから期待できるなー。
しかーし、じわじわと口の中が、若草山の山焼きのようにメラメラと燃上ってきました「辛〜!!!爆!」
よーく見ると春雨の間に、赤や緑のみずみずしい唐辛子が彩りよく混ざっているではありませんか
「辛い⇒美味しい⇒辛い⇒でも食べたい」の繰り返し、ひとり悶絶格闘していると、あんちゃんが「トムヤムクン」を持ってきました、「おーこれが本場のトムヤムクン」さっそく一口・・・「アローイ!激アロ!メチャアロ!」じわーっと味が広がるー!
しかも日本で紹介されているものとちょっと違う、スープが少しドロッとしている、香りも味付けも最高!「あー遥々ランタ島まで来て良かった」それに想像していたより辛くありません「ここのトムヤムクンはオススメです」
再びヤムウンセンと格闘していると、「パイナップルチャーハン」が出てきましたー、この時点ですでにシンハー3本飲んでしまいましたが、あんちゃんにもう1本追加お願いしました、もう酔っ払ってきました。
パイナップルチャーハンは、半切りしたパイナップルをくりぬいて盛り付けてあります、しかも山盛り、見た瞬間全部は無理そうでした、味はと言うと、パイナップルの酸味と香り、それにピーマンやカシューナッツがなんともマッチしていて美味、お弁当とかで持っていったらいいだろうなーなんて思える1品でした。
なんだかんだ格闘しているうちに、もう2時間も経ってしまいました、もうそろそろおねむの時間、タイ料理の余韻に浸りながら明日の夢でも見ようと、暗闇の森に消えるのでありましたー・・・・つづく
スパイシーダンス
第六話
三日目、今日は少しゆっくりしようと思いビーチに向かった、いつもの「大滝詠一」や「小野リサ」を聞いてもなんかぴんと来ない、イメージ的に持って行ったのが「ナットキングコール」これが以外や以外、ランタ島のビーチにぴったり。
スリランタ前の海は岩がところどころにあってなんか日本庭園のような景色です、ここに来てまだ海の感触を味わっていなかったので、ひと泳ぎする、以外に水温は低く日本の海水温と変わらないようでした。
ビーチボーイのあんちゃんにシンハー注文して朝からまた飲んでしまいました、「日本のみなさん元気ですかー」
ふと、昨夜のことを思い出しました、「食事をしているとき確か男二人で食事していたのが二組いたはず、ダイビングにでも来ているのか?でもここのコテージは全部ダブルのベッドしかないのに同じ布団で眠ったのだろうか?まあ世の中にはいろんな人がいるもんだ」と海を眺めながら考えていると、「噂をすれば影」二組ともビーチにやってきたのであった。
一組は、スキンヘッドでサングラスが似合うイタリアンって感じ、もう一組は、どちらかというと東洋系の若い大学生のような感じでした。
ビールが効いてきてうとうと眠ってしまい、日光が足に当って熱くなって目が覚めました、なんとものんびりしたビーチと風がまったりしていて至福の時間、冷やしておいた日本茶を一口「あー極楽極楽・・・」
ぼんやり遠くを見ていたら・・「ギョエー!ありえない」目が点になってしまった。
さっきの男二人組、手をつないで仲良く波打ち際を歩いてる〜・・・まっいいか、ここはタイ
今でもあの光景は脳裏を離れません、我が人生で衝撃的なことの一つに追加されました。
11時も回り小腹が空いてきた、昨日オールドタウンで食べたパッタイが無性に食べたくなり、AKIRAにまたがっていざ出発!
やがてクロンニン村に差し掛かったとき広場で市場が開かれていました、けっこう大きな規模で、魚、野菜、穀物、衣類、食器などなんでもありました、しかも安い、見慣れない野菜がたくさん「これがあの美味しいタイ料理に変身するのかー」
ここは島民のマーケットらしく毎週土曜日開かれているようです、写真を撮りながらしばし現地の方の生活を垣間見ていました。
ぶらぶらしているうちに喉が渇いてきたので、ビューポイントの茶屋で休むことにした、「スイカシェイク」を注文、ここの場所はあまりにも気持ちいいのでまた長居してしまいなかなか昼飯にたどり着けない、オールドタウンは休日と言うこともあり人通りが多かった、昨日のレストランに入りさっそくシンハーとパッタイを注文、引き続きアロタイム(美味しい時間)をすごしたのであった。
オールドタウンから戻り、前から行きたかった「タイマッサージ」に行くことに、スリランタのマッサージは800BT、ビーチのマッサージ屋は300BT、スリランタの隣で店を開いている所に向かった。
ここの前を通るといつも声かけられていたのでなんとなく入ってみたいと思っていたのである。
タイマッサージ250BT(約1000円)足ツボマッサージ300BT、足ツボマッサージをお願いすることに決めた。
足を良く洗いマットレスの上に寝かされ、オイルを塗って始めます。
最初は揉み解すようにゆっくり揉んでいました、次に小さなスリコギに突起がついたようなようなもので足ツボめがけて「えい!やっ!」これがなんとも気持ちいいのでうとうとしていると、「あー!あたたたー!」ツボにはまったとはこのことを言うのでしょう、痛気持ちいい!
マッサージを受けながらお話ししようと思い持ってきた「指差しタイ語会話帳」を取り出してみた。
「私は日本で農業しています」「タムラーラムライ?」「そうですタムラーラムライ(農家)です」
そう言いながら彼女はゴツゴツした手を私に見せて「これが本当のタムラーラムライ」と英語とタイ語で話しました。
「津波に遭われて大変でしたね」
「みんな壊れてしまいました、これがその時の傷です」といって足の傷を見せてくれました。
なんか生々しい傷を見て涙が出てきました。
「隣の家では一人亡くなりました、その時のガレキが裏にあります」
涙ぐんでいる私に気を使ったのか片言英語で
「日本人とてもめずらしいね、見かけないよ」といってくれました。
「西洋人は私たちのこと、背の小さい黒人のように見ていて話もしないよ」
「日本人はみんなプーケットに行きます、ここは遠いのであまり来ないと思います」
「日本人はアジア人、みんなお友達ですよ」
マッサージも終わり、店の人がスイカシェイクご馳走してくれました。
昼下がりのなんともぼんやりした時間と、マッサージの余韻に浸ってぼーっとしていました。
ふと店の人が「タムラーラムライ」とポツリと言いました。
この時から私の名前は「タムラーラムライ」と呼ばれるようになりました。
マッサージ屋に「また来るねー」と言ってAKIRAにまたがり南の方へ行って見ることにしました、それはなぜかというと、日本でも紹介されていて旅行会社からも勧められた「ピマライリゾート」に行って見たかったのである。
スリランタから南へは道も狭くがけ伝いに走っています、途中入り江がたくさんあってプライベートビーチがたくさんあります。
南へ8kほど行くとピマライはありました、山の大斜面にコテージがぽつぽつ建ててありました、これではリゾート内歩くのも大変だろうなあ、それに島のはずれになってしまうのでアクティブに楽しめないだろうし、やっぱりスリランタにして良かったと思いました。
ピマライからさらに南は砂利道になってしまいます、AKIRAの力では走れないような坂道になってきたので途中で引き返すことに、途中バイクが数台停まっている場所にAKIRAを置いてビーチに行って見ることにしました。
森を抜けるとがけになっていてビーチを見渡すことが出来ます。
居ました、トップレスのヨーロピアンが、二組三組、私もなんだか無性に泳ぎたくなってしまい、エメラルドブルーの海へざぶん!
傾きかけた太陽が波に反射してキラキラ輝いています。
なんとも静かでいい景色でしたー。
ヨーロピアンもこんがりと日に焼けながら愛を囁きあっているのか、見ていて微笑ましい光景でした。
「ご馳走様!」
コテージに戻り、シャワーを浴びて、サンセットタイム!
昨日は見とれてしまったので今日はベストショットを撮ろうと思い三脚を持ってビーチへ
皆さんその時を待ってビーチへたくさん来ていました
あちこち移動しながらシャッター押し捲りました。
今日は少し雲があって素晴らしい夕日でした。
あまり暗くならないうちにレストランに向かいました、すでに何組かいて、例の男性カップルもやってきました。
今夜は、昨夜あまり量が多かったので、二品にすることに、メニューも見ないで、前から食べたかった「トムカーガイとソムタム」をオーダー、シンハー飲みながら今日撮った写真を眺めていました。
ヘイ!お待ち!「ソムタム」一丁!
おーあんちゃん今日も元気だねー
おーこれがあの青パパイヤサラダ、恐る恐る一口・・・・
んーシャキシャキしてあますっぱくていけるなー、アローイ!
と、その瞬間、着火!
ガオーーーー辛辛辛辛辛ーーーー!!!
床を転げ周り、壁をかきむしり、柱によじのぼり、辛いの連続
額から汗がぽたり、鼻水ずるずる、涙ドバドバ!
ヘイ!お待ち!「トムカーガイ」一丁!
辛さにのたうちまわっているとあんちゃんが威勢良く持って来ました。
あんちゃんは私の表情を見て「スパイシィー」と言っていましたが、これは「ハードスパイシィー」
シンハー飲みながらほとぼりを冷まし、いざ「トムカーガイ」を一口
ん?「アローイ!」この濃厚なココナッツミルクがいろいろなスパイスと入り交ざってメチャアロ!
これはトムヤムクンより美味しいかも、また新しいの見っけ!
その後、また2時間もかけ青パパイヤとの戦いが続くのでありましたー バタッ!オオ辛〜!・・・つづく
クロンニン暴走族
第七話
「演歌の花道」
今日はAKIRAと遊ぶ最後の一日、夕方にはお別れしないといけません。
朝食のあと水着に着替え、お茶とカメラとタオルを持って、AKIRAにまたがり昨日行ったピマライから南の名もないビーチに向かいました。
ビーチにはまだだれも来ておらず、さしずめプライベートビーチのような感じでした。
木陰に陣取り、エメラルドブルーの海を眺めながら「サバーイ」
寄せるさざ波は優しくて、吹き渡る風はペパーミント、空はどこまでも青く
遠く水平線を見つめながら、「日本のみんなは元気かなー」なんて考えていましたー。
今日もまったりした時間が過ごせそうだなーなんて海を見ていたら1隻のロングテールボートがこちらに向かってきました、4人位でこちらに向かってきます。
そして砂浜に上陸、イタリア系の若いカップル2組のようです。
軽くあいさつを交わし、それぞれ適当な場所を選んでいました。
私は遠慮して目立たない場所にいましたが、かえってそれが私には彼らの存在が目立つようになってしまいました。
当然のことのように、トップレスで、ワクワクドキドキ、下心丸出し状態で見入ってしまいました、トホホ。。
それでも、浜辺でイチャつく様子もいつか慣れてしまうと、うとうと眠ってしまいました、なんともだら〜んとした時間です。
11時も過ぎると、バイクでやってくる人がいたり、地元の人も泳ぎに来る人がいたり、だんだん賑やかになってきました。。
そろそろお昼にしようかなーと思い、AKIRAにまたがり来た道を戻りました。
スリランタの近くでバイクを借りたところにレストランがあったので行ってみることに、ビーチに面したところに結構椅子とテーブルが並べてあり、風通しが良くて気持ちいところです。
椅子に座るとメニューを持ってきましたが、あっさりしたものが食べたくなったので「ヌードルスープ」をオーダーしました。
シンハーも一緒に注文したところ、「ビールはうちでは出してないので隣へ注文してください」と言われ、なんでかなーと思っていたら、そうそう、ムスリムは時間帯によってアルコールを出さないと聞いたことがあった。
隣のバーに行ってシンハー飲みながら食事が出てくるのをまっていました。
ヘイお待ち!とは言いませんでしたが、なんとも美味しそうなウドン?が出てきました。
スープは塩味、海老と鶏肉と野菜がマッチしていてとても美味しかったです。
それにお箸で食べるのが久しぶりだったので、嬉しかったです。
食事も終わり、ちょっとおみやげでも買おうと、サラダンに向かいました、ここからはバイクで30分くらいのツーリング。
サラダンには何軒かのみやげもの店がありますが、どれを見てもおみやげと言うよりは、どこでも買えるような衣類ばかりでした、唯一「KO LANTA」のロゴ入りTシャツがあったので1枚だけ買って帰りました。
しかし、今思うとタイシルクのアロハシャツ買えばよかったなーと後悔してます。
スリランタに戻り、こんどはマッサージ屋に向かう。
「タムラーラムライ!」おばちゃんが暇そうにしてこちらに声かけてきました。
ご機嫌いかがー、今日は「タイマッサージ」お願いします。
タイマッサージはどちらかと言うとストレッチのような感じで、全身を伸ばしたり揉んだりしてくれます。
もう年をとってしまい硬くなった私の体を、おばちゃんも大汗かきながら揉んでくれました
あまりの気持ちよさに思わず眠ってしまいそうでしたが、そんな時にかぎって、関節バキバキマッサージを行います、思わず「あ!いててて!」。
最後にまたスイカシェイク作ってくれて、それを飲みながらまたしてもだら〜んとした昼下がりを過ごすのでありました。
まだAKIRAを返すまで時間があったので、また隠れ家ビーチに行って見ることに、日が傾き午前中とは違う景色にしばし見とれていると、ロングテールボートが迎えにやってきました。
ここのビーチには結構日替わりでお客さんがやってくるようです、多分サラダン近くのお客さんが、静かなビーチを求めてやって来るんでしょうね。
私もこれでこのビーチも見納め、私の中では今まででベスト3に入るかも知れませんね。
彬庵に戻り、最後の夕日は「日高見」で乾杯しようと、晩酌3点セット(日高見、ぐいのみ、よっちゃんイカ)のようなものとナットキングコールを持ってビーチに向かいました。
多分こんなことしているのは、日本人でも私だけでしょうね。
アンダマン海の夕日&「日高見」日本酒&ナットキングコール時々よっちゃんイカ
まるでバラバラ、でもそれがいいんです、ここはタイ、タイなんです。
「日高見」もあっという間に飲み干してしまい、ついに最後の夕日も沈んでしまいましたー。
余韻に浸りながら彬庵に戻ろうとした時、「あっ!AKIRA返すの忘れてた」しまったー、もう気分が良くなっていたので運転する気にもなれず、ズルズルとAKIRAを押して歩きました。
「AKIRA、ありがとよ、楽しかった」などと酔っ払いオヤジがバイクに向かってぶつぶつ言いながらバイク屋に向かうのでありました。
彬庵にもどりシャワー浴びて、夕食に向かう時は20時30分ごろになっていました。
デッキ席は満席だったので、小上がりの席に着くことに、さっそく朝から考えていた、「グリーンカレーとパッポンカリー」注文することにしたがどちらもカレーになってしまいました、ライスが2つ付いたのではたまらんと思い、あんちゃんに「ライスは1個でいいよー、それからシンハー1本」・・・へい!承知!
今日はお客さんが多いせいか料理が出てくる時間が長い、もうシンハー2本やりました、オマケに頼んでいないものを持って来たりして、そしたら、つまみに鳥の揚げたやつ持って来ました。うんうん、なかなかよろしい。
へい!お待ち!「シーフードパッポンカリー」おお〜これがあの有名なパッポンカリー。
一口、「アローイ!」野菜もふんだんに入っていて魚介類とベストマッチ!
へい!お待ち!「グリーンカレー」おお〜これも本場のやつ食べたかったんだー
一口、「メチャアロ」ココナッツと茄子がベストマッチ!
スリランタはココナッツを使った料理が特に美味しいような感じがしました。
時間はもう22時、シンハー空にしたら部屋に戻ろうと思ってた矢先、あんちゃんが。
「ここで日本人働いてるよー」
えっ?何それ、うそ!
あんちゃんはそう言うと厨房の方に行きその人を呼んでいました。
まさかこんなところで日本人が働いているなんてありえないと思いながら厨房の方を見ていました
やがて、一人の女性が現れ、あんちゃんが「みか、みか」と言いながら紹介されました。
よーく見ると明らかにタイ人でした。
私が「日本語喋れますか?」と英語で聞くと「少し」と日本語で話しました。
今度は「日本に行った事があるんですね」と日本語で話したら、「何を言っているのか解らない」と英語で今度は話しました。
「それじゃあ英語で話しましょう」と言うことになり、英語時々日本語の会話となりました。
彼女は、8年くらい前に東京で働いたことがあるらしく、少しは日本語を覚えているようでしたが時間とともにだいぶ忘れたと言ってました。
「日本の何処から来たの?」
「仙台、東京から北へ300kmくらい行った所だよ、知ってる?」
「知らない、大阪、福岡は知ってるけど」
「東京では何していたの?」
「弁当屋で働いてた、いっぱい店があって結構大きなところだった」
「名前なんて言うの?」
「彬って言うんだ、これ私のホームページの名刺だよ」
「ねえ、私もビール飲んでいい?」
「構わないけど、仕事大丈夫かい?」
「もうちょっと片付けるとあとは終わりだから待ってて」
そう言うと厨房のほうへ消えていった。
まさか最後の晩に日本のこと話すとは思っても見なかった。
15分くらいで彼女はビール片手に現れた。
「待たせてごめんなさいね」
「何歳なんですか?私は34歳です」
「何歳に見えますか?」
「39歳くらい」
「嬉しいなー、もう私は48ですよ、OYAJIです」
「どうしてランタ島に来たの?プーケットの方が綺麗なのに」
「素朴で自然が美しいと思ってこの島選びました、ここは本当に素晴らしい島です」
「タイより東京はもっと綺麗、東京行きたいなー」
「友達とか居るのかい」
「3人居る、今でも連絡取っているけど、なかなか行けない」
「よくカラオケとか行った、カラオケ歌える?」
「今はもう行かないけど昔は何度か」
「あれ唄える?」「あれって?」
「酒よ」「えっ?酒よ?吉幾三?」「そうそう、唄ってー」
「♪男には・・・・一人酒手酌酒演歌を聴きながらー・・・♪」
なんでタイのビーチで演歌なんだーと思いながらもしっかり唄ってしまったのだ。
すると彼女は、昔を思い出したのか涙ぐんでしまいました。
あーオレって女を泣かせる悪いやつ。。。
「日本語書いてー、私の名前」
「美香、美夏?ミカ?みか?どの文字?」と書いて見せると、ひらがなを指差した。
「ねえもう一つ何か唄ってー」「いいよ」
「♪好きよーあなたー今でも・・・会いたくて恋しくて泣きたくなる夜ー・・・追いかけて雪国ー♪」
いろいろ話しているうちにもう24時この夜だけでシンハー7本も飲んでしまい、ヘロヘロ
彼女も、すっかり酔ってしまい、収拾がつかなくなる前に「演歌の花道」はお開きにすることに
そして、彬庵に戻る途中またしても「酒よ」唄いながら暗闇に消えるのであったー。。トホホ!
最終話
さよなら「ランタ島」
「うー頭が痛い〜飲みすぎた〜」
昨夜の余韻がまだ残ってる感じ
冷蔵庫を開け冷たい日本茶をゴクゴク、あー甘露、甘露
食欲もなかったがレストランに向いいつものお粥をオーダー、今日のお粥はことのほか美味しく感じる
コーヒーを飲み海を眺めながらひたすらボーっとしていました、「明日はもうこの景色見れないんだなー」
チェックアウトは12時なので荷物をまとめ始めたのが10時ごろ、なんか帰る日は時間のたつのが早いこと、でも、コテージで景色を眺めたりしながらやっていたのでなかなかはかどらない、なんとか荷物のピックアップ時間には間に合い、出発前にシャワーを浴びてレセプションに向いました。
11時30分ごろ支払いを済ませ出発の時間が来るまで猫と遊んでいました。
そこでふと脳裏をかすめたのが、「クラビ空港出発が21時20分なのに、空港には14時ごろ到着するはず、7時間も何して過ごせばいいのか」
12時にレセプションに戻ると現地ツアー会社の方が迎えに来ていました、荷物をバンに積み込みいざ出発と言う時に、
ツアー会社のスタッフが携帯でなにか話していました、すると
「すいません、こちらの手違いで出発は18時30分になります」えっ?迎えのボートの到着が遅れるとのこと
積み込んだ荷物をまたレセプションに持ち帰りました、レセプションでは出発まで預かってくれるということなのでとりあえず食事に出掛けました。
「どーしよーかなー、かなり時間があるしー」「そーだ!AKIRAを借りて島中走り回るか、そうしよう」
さっそくバイク屋に向かいAKIRAを探しましたがすでに誰かが借りてった後でありませんでした、残念!
しかたないので赤いホンダを借りることにしました。
まずは、オールドタウンに行って「マンゴーシェイク」をと思いバイクを走らせました、今日はいつもと違って、風景を目に焼き付けるようにゆっくりゆっくり走りました。
オールドタウンの桟橋に向かい吹き渡るタイの風をいっぱい吸いながら、遠くの島々を眺めていました。
雑貨屋の前にバイクを止めるとオバチャンがにこにこしながら私を見ていました、私の顔を覚えていてくれたらしく「マンゴーシェイク作りますか?」「お願いします」
相変わらず、のんびりした昼下がり、来れないと思っていたのになんかラッキー!
オバチャンに「マンゴーシェイクとても美味しかったです、今度来る時また作ってくださいね」桟橋を眺めながらはなしかけました、「日本に帰るのかい」「今夜帰ります、あのー写真撮ってもいいですか?」
オバチャンにさよならして、町をゆっくり走りながら、サラダンに向いました。
サラダンでは特に見たいと思うものは無かったのですが、スーパーに入って何かおみやげになりそうなものを探しました、ドライマンゴーを3袋、ピスタチオ2缶買いサラダンを後に、途中ロングビーチでコーラを飲みながら海を眺めてまたボーっとしていました。
途中写真を撮りながら今度はピマライの隠れ家ビーチに向かいここでも岩の上に腰掛けて、ぼんやり海を眺めていました。
時間はあっと言う間に過ぎてしまいもう17時、「最後にマッサージ屋のオバチャンに挨拶して帰るか」何かプレゼントと思いバッグの中を探していると、なんと昨年フィジーに行った時もらった貝殻のレイがありました、これプレゼントにと思い首に掛けてバイクを走らせました。
マッサージ屋に着くとおばちゃんは、暇そうにして海を眺めていました。
「ヘイ!タムラーラムライ」と言って、裏口からバイクで入りました、「ごきげんいかが?」
「今日帰るんではなかったのかい」「あと1時間ほどで出発です」
「そうそうこれプレゼント」と言ってレイを差し出しました。
そしたら大声出して喜んで隣のおばちゃんに自慢していました。
「毎日とても楽しかったです、ありがとう、これはほんの気持ちです」
「また来てくださいね」「もちろん」
バイクを返し、スリランタに戻ると、ツアー会社の人がすでに待っていました、まだ時間があるけれどいつでも出発出来るとのこと、さっそく荷物を積んで出発しました、また長い長い帰り道です。
サラダンまでの間いつもと変わらない夕方の景色眺めながら。
ボートはフェリー乗り場に待っていました、来た時のあんちゃんたちです、ツアー会社の人も乗り込んで、4人で島を渡ります。
サラダンを出る頃には日も沈んでいました、遠くにはフィッシャーマンボートが灯りを付け始めました。
だんだん遠くなるランタ島、ピンク色に染まる空、どんどん離れていく島影を見ながら、想像以上の素晴らしい自然と、素敵な人々に会えたこと、まるで夢のような日々をくれたランタ島をいつまでもいつまでも見ていました。
「さよなら、AKIRA」
「さよなら、みかさん」
「さよなら、おばちゃん」
「さよなら、ランタ島・・・」
また会いましょう
・・・・・ さて、次は何処の島に行きましょうか?
読んでいただいた皆さんへ
なんの文才も無い私が書いたものなので、読みづらい点は平にご容赦願います。
なお文中における時間、価格等は当時のものですのでご了承願います。